労働力は個々人の所有と認められ(人権!)、それを生産手段と結合するには、労働力商品の売買、つまり雇用契約という合意の手続きを経なければならないという点です。労働力にたいして払われる賃金は、資本にとってはコストであると同時に、商品が売れるための需要源でもある。だから労働者を一方的に貧しくしたままでは資本制経済は発展できない。労働にたいする資本の依存関係がくっきりしている。でも他方、「工場の門前に民主主義は立ちすくむ」で、企業内は専制支配です。そこに共同労働の組織としての資本制企業の最深の問題点がひそんでいます。今日では労働者も株を買って出資者となっているケースが多くなっています。そして法人株主が支配する法人資本主義です。人間が資本を出す人と資本のない人に分裂しなくても経済は成り立つことを証明してしまった。そこに資本主義の歴史的意義があります。
この10年で2,000の農村集落が姿を消し、農業の後継ぎを志す新規学卒者は1年にわずか1,800人。『農業白書』は、輝きを失った農業の深刻さを切々と訴えています。将来の展望も明るくありません。農水省農業総合研究所の予測によれば、2020年には農業を担う人口がいまより7割も減り、65歳以上の高齢者が半数を超えます。このままではコメの輸入が自由化されなくても、後継者難と高齢化によって日本の農業は内部から崩壊し、現在の食料需給率も維持できないような状況です。戦後、股政の柱は農業への新規参入を規制する農地法と、国がコメを全量買い上げて農家の所得を補償する食管法でした。そうした保護政策とあわせて、農業基本法は生産性を上げて、自立経営ができる農家の育成をうたっていました。それから30年余りたち、規模の大小を問わず保護してきた農政は、どんどん過保護に傾き、農家の自立心を摘みとる結果になりました。その反省に立って、農水省は農業基本法にかわる農政の新しい指針をつくりました。1992年6月に農水省が公表した新農政プランは、正式には「新しい食料・農業・農村政策の方向」といいます。
ふだん私たちが何気なく使っている紙や本、割り箸なども原料はみな木材である。日本は国土の約3分の2が森林だが、木材需要の8割を輸入に頼っている。国産材木は人件費や運送費が高くつき、輪入材木を利用したほうが圧倒的に安いからだ。日本をふくめた先進国が木材を消費したぶん、アフリカや南アメリカの途上国が木材を輸出する。そのために次々に森林が伐採されてしまうのである。また、プランテーションの開発や農地への転用も大きな原因としてあげられる。熱帯林付近には途上国が多く、貧困や急激な人口増加に悩まされている。彼らは土地を購入して農地にすることができないから、熱帯林を伐採して農地に転用せざるを得ない。